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たった数記事しか書けていないのですが、個人ブログでは若干厳しいと言われているGoogle AdSenseの審査が何故か通りました。嬉しがりなので、あちこちに広告を貼っています。読んでくださっている皆さまにおかれましては、鬱陶しいことこの上ないとは思いますが、広告を物ともしないような記事のクオリティに努めたいと思います。あとは少なくとも、エロサイトによくあるような感じのやつみたいに、記事の前にデデデーンと貼らないようにします。エロと広告は二人羽織で出来ている。

GoogleAdSenseは、公共良俗に反する記事を書いていたら当然審査はおりません。ドラッグ、或いはアルコールの類、エロもダメだったかな。ようは人のお役に立つような記事を書いてこそ、審査が下りるらしいのです。……私、なんかお役に立つこと書いていたかな。日々眠れないとボヤいたり、人に弄られても他人は変えられないんだから、結局はテメェが動くしか無かったんだよとボヤいたり。

ボヤくことしかしていなかったんだけれど、まあ、Google先生のアルゴリズム的にはオッケーだったんでしょう。

何故、広告を貼るのかと言いますと、そりゃゼニが欲しいさ! という決まり切った言葉もありますが、自分に責任を持ちたかったのです。広告まで貼ったのだから、その分は頑張って更新しようよ、っていう。パソコンやMac開くのもめんどくせー……それはありますが、じゃあその手に持っている板状の何か素敵なガジェットで更新しようよ、と。Web拍手も考えたのですが、いまは広告にしておきます。すっ飛ばしてくれてもいいし、ワンクリックが私を救うと思ってクリックしてくれても、嬉しいし。ブログはこれから改良し続けていきます。


私は物書きを生業としていますが、文章は上手くありません。いつもいつも雑だ下手だと言われ続けています。ただ、読ませる力だけは認めてもらえてて、それは割と稀有な能力だからと、たったそれだけで生きながらえています。上手い人が丁寧に書けば、流れるような美しい文章で綺麗なものなのですが、訓練さえすれば誰にでも出来ることらしいです。では、何故私は放置され続けているのか。訓練すると持ち味が消えてしまうから、だそうですよ。

上手く書けたら、とはいつもいつも考え、願い、乞うものではありますが、持ち味が消えてしまうのは困ります。訓練も良し悪しなのですね。

師匠はいつも「平易に書け」と言います。ただし、平易なことは安直なこととは違うので、たくさん言葉を知っていなければなりません。たくさんの言葉を知ったうえで、あえてその言葉を潰し、マッシュポテトよろしくペッタペタにして美味しく均して、簡単な言葉に置き換えます。例えも簡単に簡単に、そして簡単に。

難しい言葉は人を冷静にさせてしまう。冷静になられてしまっては、こちらの掛けたマジックが解けてしまう。それは避けたい。なんだか言っていることがホストのようだけれども、物書きとは如何に自分の世界に引き摺り込んでナンボだとも思うので。

一人でも多くの人が体感したことのあるような、少ししょっぱくて残念な経験をあえて引き出すことで、共感を得ていく……。実際に、そういうことが出来たならなんて素敵だと思うばかりです。嬉しいことも、しょっぱいことも、皆等しく私の糧になるのです。カモン、しょっぱいこと、嬉しいこと。


今日はとあることで、遠い遠い函館に住まう、ひとりのコンビニ店員さんを思い出しました。これからさらに寒くなる時期、おでんをお客さんに提供する側ではなく、可愛い女の子におでんを食べさせてもらえればいいんだ、と願う一人でもあります。要は、私が幸せを願うひとり。

この店員さん、とんでもなくボヤくのです。本当にビックリするくらい、なにをそんなにボヤくことがあるのかと勝手に心配してしまうほど、よくボヤきます。ただ、店内設置のコーヒーサーバーにコーヒーをダバァこぼしたまま店を出て行ったお客さんについては、拳を握りしめてボヤいてもいいと思う。黙って出ていくなボケァァァ!

この人はよくコンビニ店員は底辺だと言いますが、私はそう思いません。いつもいつもいつも、身が引き締まる思いで見ています。お客さんには色々な人がいるのでしょう。お金を投げてよこしたり、食べかけのラーメンをそのままにして出て行ってしまう人もいたり、喫煙所で煙草を吸うついでのように汚していく人とか、ゴミ箱に家庭ゴミを入れていく人とか。また、店員さんにもいろんな人もいるでしょう。

底辺な人に合わせることなんてないよ、といつも思います。彼の見た目はドワ男らしいけれど、ドワ男のなにが一体悪いのか。男らしくて良いじゃないか。男らしいってこたぁ、性欲もそれなりにあるのでしょう。迷惑なことしてなきゃなんも問題ない。素敵やん?

素敵やん? と心から思える人が、自分のことを底辺と貶め、自虐することは、ほんの少し悲しいです。嬉しいことのひとつやふたつ、あればいいと思います。たとえば、新規開拓したスーパー銭湯のお湯加減がとってもピッタリで疲れがサッパリ取れたとか、たとえば、お店に新入荷した商品のひとつがやたら美味かったとか、そういう、ちっこい嬉しみ。

私がコンビニ店員さんをすごいなと思うのは、夜行こうが昼行こうが、必ずいらっしゃいませと声をかけてくれて、コーヒーサーバーのコーヒーはいつも温かく、清潔に保たれていて、WebMoneyとカフェオレとフリスクを買うだけの私のような残念なお客でも笑顔であざっしたと言ってくれる。

気持ちがいいもの。いつもいつもありがとね、って思うもの。当たり前のことを当たり前に、日常的にこなせることの凄さといったら無いのですよ。私なんて、左半身に蕁麻疹が出来てしまうからね?

ああ、だから。当たり前のことを当たり前にこなすから。だから、ボヤいてしまうのかもな…といま反省しました。書きながら反省した。とても真面目なんだろうな、えらいな。私には務まらない。だからこそ、小さな幸せがたくさん積もりますようにと願うばかりです。

たとえば、買い物したら1000円ぴったりだった、とかね。また、お話ししましょうね。私も上手く書けるよう、頑張るから。頑張りますので。

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